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18.01.2008

Vol.2 新会員・鍋田尚男さんに聞く・・・2007年2月 

2000 ガラス工房{尚}設立
2001 個展「ガラスの茶道具とうつわ展」金源堂、仙台('06)
2004「国際ガラス展・金沢」入選
2005 個展「鍋田尚男・ガラス展」玉川高島屋、東京
2006「第3回KOGANEZAKI・器のヵたち・現代ガラス展」奨励賞

今回のインタビューは昨年入会された鍋田尚男さんに登場してもらいました。
各地のガラスコンペで入選、受賞され仙台を本拠に活躍中です。(聞き手:藤田 潤))

・経歴を拝見すると、武蔵美の卒業になっていますが、ガラスをしたいと思って入学されたのですか。
=ガラスをしたかったのですが、入れたのが武蔵美という訳です。今でこそ武蔵美にはガラス科がありますが、その頃は合成樹脂(プラスチック)を教えるコースがあって、透明感のあるものを勉強させてもらいました。ガラスほど複雑な技術はないのですが、色彩感覚や単純に透明なものを作ることに集中できたのは、却ってよかったと思います。大学2年頃から東京ガラス造形研究所の講座に通って実際のガラスに触れてみました。

・ ガラスに最初に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょう。
=プロダクト・デザインに興味を持っていたのですが、予備校に行っている頃、麻布工芸館でデイル・チフーリの展覧会を見ました。巨大で、きれいで、ガラスの表現がここまで出来るのかとすごい感動をしました。今は全く違う方向性で仕事をしていますが、初めてガラスで感動したのはチフーリだと思います。

・そうすると大学ではプラスチック造形の勉強をしながら、ガラスの制作もしていたのですね。
=大学には電気炉があったのですが、教えてくれる人もなく、授業のかたわら英語の技法書を読み、パート・ド・ヴェールやフュージングの制作をしていました。東京ガラス造形研究所も長くなって来たので磨きや材料のことなど親切に教えてくれました。両方を行ったり来たりしながら自分なりに作っていました。勿論デザイン的なことは大学の先生の指導がありました。あれはダメ、これはダメということではなく「先ずダメはどれだろう」と自分で捜すしかなく、オリジナリティーを見つけるきっかけになってよかったと思っています。

・ 基本的には電気炉の仕事で来られたのですね。
=川崎の学校でブローの作品が作れるようになってきて、大学では合成樹脂の作品を作っていたので両方の作品写真を持ってリベンスキーを訪ねたのが本格的にフュージングに専念するきっかけでした。
 その頃数多く日本で開催されるようになっていたガラス展で好きな作家はリベンスキーだったので、とりあえず会いたいと思い大学の卒業旅行を兼ねて行きました。そして本当に幸運にも会うことができました。ブローとプラスチックの作品(写真)を見せたら「断然プラスチックの方がいい。これをガラスに置き換えることをなぜ考えないのか。」と言われました。自分の中では別物と考えていたのが「目からウロコ」という感じでした。「君は美術も技術も持っているのだから、日本でその仕事をすればいいんだよ」と諭されました。
 しっかりキルン・ワークをやってみようという気になって大学卒業後、研究室に助手として6年残りました。向き、不向きもあるし、企画構成がしやすいし、素材よりデザインで仕事が出来ると考え、今のようなフュージングの仕事にたどり着きました。
 大学の助手で3年目くらいでしたか、山野さんのスタジオにクラウス・モイエが来たので講座を受講し、自分の作品を見ていただきました。「技術的には問題ないよ、でもフュージングは薄くても厚みのあるものだから、そこだけを意識すれば、もっといい作品になると思う。」と言われました。この言葉で自分を確認できたように思います。それがモザイクをするきっかけになり、それからは羽を伸ばして、好きなように作品づくりが出来ました。周りの人にも随分助けてもらいました。

・よくリベンスキーさんは会ってくれましたね。
=コペツキーさんがプラハ工芸大学の教授だったので頼んでみましたが、仲々難しい感じでした。ガラス雑誌社の人と知り合い、折角日本から来たのだからと紹介してくれ、運よく会って話すことができました。長い時間かかって話したのですが、まだ日本人が珍しい時代でしたから歓迎してくれて、作品庫まで見せてもらいました。その時の感動が今の私のギャラリーの原点です。

・ クラウス・モイエの話しは興味深いですね。
=僕はその頃、大きなガラス板の上にパーツを乗せながらデザインしていくという仕事がほとんどだったので平面的な作品でした。「立体感を表わすには薄いのだけれど厚みを持たせて、その中をのぞいた時ガラスの立体感が感じられるような作品を追ってみなさい。」というアドバイスでした。ロール・アップのデモを見たのもその時初めてで、いつかやってみたいと思っていました。

・黄金崎で受賞作品を拝見したとき、作品の緑の美しさが私にはなんとも魅力的でした。
=小口を大切にすることは武蔵美の教授に常々言われていたことでしたので、先ほどの話ともリンクするのだと思います。

・作品に日本美を込めたいとコメントには書かれています。織物をモチーフにしているようですが。
=タイトルとして紬、絣などが多かったのですが、祖母の代から茶道を教える家系だったので、子供の時から着物姿には慣れていました。茶室の空間感を表現するのに着物を使ってみたらと思いました。着物のデザインを抽象化してガラスに当てはめ、その結果美しいガラスができればそれでいいのだろうと思います。無理矢理どこから引っぱってくるのでなく、自分が理解しているものが自然にテーマになっています。

・現在のお仕事はアートピース、茶道具、日常の食器と三系統に分けてなさっているのですね。
=各々がうまくバランスをとって、一つに偏らないよう、飽きないよう、制作が義務的にならないよう心がけています。見る人に楽しんでもらうには制作に縛られず、自分でも楽しむ気持ちが必要だと思います。

・日本ガラス工芸協会は昔からご存知でしたか、どんな印象だったでしょう。
=小田急の「日本のガラス展」など結構みました。会員の方々はお世話になっている人や立派な人ばかりなので敷居が高いと思っていました。自分が食器を作っている頃、展覧会を観て「ここまでやっちゃっていいんだ」と刺激になったこともあります。

・ 協会に提言がありましたらお願いします。
=「日本のガラス展」の東北巡回展をしてもらえればと思います。東北の人はまだまだガラス工芸を目にする機会は少ないですし、工芸といえば伝統工芸と日展ぐらいしか知らない人も多いですし。海外の巡回展などもできればやって欲しいと思います。

・ 展覧会前のお忙しいとき、ありがとうございました。

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