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17.01.2008

 会員を知る:シリーズ”私の仕事”

Vol.3 村上達夫さんに聞く・・・2007年3月 

1970 ハリオガラス株式会社に入社、量産意匠を始める
1984 「'84日本のガラス展」JGAA、(以後毎回出品)
1990 「'90 現代ガラスの造形展」箱根彫刻の森美術館、神奈川県
1999 ハリオガラス株式会社マーケティング・ディレクター, 現在専務取締役

2007年3月、「祈りのかたち」展が銀座でハリオグラス(株)の企画、共催で開催されました。今回のインタビューは、専務取締役でこの企画の発案者でもあった村上達夫会員にお会いして展覧会のこと、協会と企業の関係などをお聞きました。(聞き手:藤田 潤)

・日本のガラス関係の企業は、ここのところ縮小撤退という言葉をよく聞きます。ハリオグラスは逆に事業を拡大しているように見えます。何か秘訣はあるのですか?
=ハリオは、「工芸領域」というより「工業領域」のガラスメーカーです。つまり、ガラスを部品として扱う場合が多いんです。ガラス単体で最終商品にしない、例えば、ティーポットを作るとき、ガラスだけで作ろうという発想ではなくて、ガラスに何か金属やプラスティックの部品をつけて、道具として完成度を上げようとする。そうすると、例えばビーカーだと200円ぐらいの原価のものを、ビーカーを部品としたティーポットにすると2500円になる。だから、部品をつけることで、道具化したものの付加価値が上がり、その付加価値が企業を成長させていく。そういうメカニズムがあるためにハリオはわりあい元気なのかもしれません。

・ガラスの楽器づくりを始められましたね。非常に評判が良いようですが。
=私は商品企画のコンセプトから広告に至るまでの全過程の運営を担っています。宣伝もしなければいけない立場です。ですが宣伝には膨大なお金がかかる。そこで、あまりお金をかけずに宣伝する方法として、ニュースをつくりました。まず、CMでアーティストとコラボレーションして話題づくりをする。それでガラスのバイオリンを作った。それがニュースになりました。メディアから取材を受けて、そのアーティストも評判が上がった。ガラスのバイオリンを世界で初めて作ったというアピールがハリオの名前を売った。広告代理店の計算によると、約3億円の広告効果があったそうです。それに味をしめて、ガラスの楽器シリーズをやっているんです(笑)。今回は、「世界最大の手吹きガラス」と宣伝して全長5mに及ぶガラスの琴を作りました。
広告効果だけでなく、工場の職人たちがとても楽しんでやっていることも大きい。職人たちも毎回同じ理化学品ばかり作っているより、何か新しいものに挑戦した方が面白い。ガラス工業というのはどうしても職人の文化。機械で生産しているけれど、もとの技術は全部職人から出ている。その職人の技術を後世に残さなければいけないのですが、後継者がなかなか育たない。今回は職人主役のニュースになりすごく喜んでくれました。それを見た若い衆が「ああいうことをやりたい」という気持ちをもってくれれば、技術の継承のための仕事として、ガラスの楽器作りは功を奏していると思います。

・今おっしゃったようなことがハリオのマーケティングですか?
=私はハリオの商品企画のすべてにかかわっています、マーケティング部という部署を預かっているわけです。マーケティング部の仕事の範疇は、商品企画から販促、パッケージから説明書、その広告にいたるまですべてを作っている。私は商品を店頭でどういうふうに見せるか、店頭のディスプレーはどうするか、などすべてにかかわります。広告の出し方やメディアへのニュースの流し方を考えるのも私の仕事ですね。ハリオに入社後、デザイン設計の仕事が長いので事情は良くわかっています。何が売れて何が売れないかということも、長年多くの失敗のおかげで理解しているつもりです。

・今回の「祈りのかたち」展はユニークですね。「宝珠」という耐熱ガラスの容器に故人の遺灰を封じ込めて、それを手元に置くという発想ですね。これを考えられたきっかけは?
=直接のきっかけは、私たちの会社が25年前に埋めたタイムカプセルです。今年はそれを開ける年なんです。ガラスは組成的に安定している材料なので、時を越えてものを保存できる。もうひとつのきっかけは、ガラス工芸学会の理事長をしている井上暁子さんの話しでした。彼女は日本の昔のガラスを研究している人です。彼女によると2千年前、仏教が伝来する前に勾玉を呪術に使っていた時代があり、当時ラズベリーのような綺麗な石に穴を開けるというのは大変な作業でした、それを実用化するために、ガラスのパウダーの真ん中に金属の棒を入れて溶かす、勾玉を作るという技術がそもそも日本のガラスの発祥らしんですね。当時中国でガラスに入れられた舎利が日本に渡って1400年の時を越えていまだに法隆寺の五重塔の地下に温存されているんです。それを聞いたとき、これやろうと思った。人間が大切なものを後世に残そうとしたとき、選んだ材料がガラスだったことに感銘を受けました。現代ではガラスはどこにでもあるけれども、当時はなかった。ものを大事にしたいという気持ちは昔も今も変わらない。それで封じ器を作ったんですよ。
いろいろと調べていくうちに「手元供養」が多くの人に望まれていることを知りました。手元に骨を置いたり持ち歩いている人が出てきたこともあります。昔は人の死に対して自分の身を清めて対峙しましたよね、そういうことを人は昔からずっとやってきた、死は自分で乗り越えなければいけない、仏像を彫る彫刻師も精神修行をして立ち向かわないといけなかった。仏教は人の心を癒すために作られた一種の教えだから、それだけ死に対する理解は激しいものがあります。一粒のお釈迦様の骨があれだけ荘厳なお寺に生まれ変わるというすごい重さがあるわけですよね。アーティストに、その祈りに対する新しい考えを継承してもらおうというのが今回の由来です。ですが、いまのところまだ半分の人が今回の企画にピンと来ていない。人が死んだら坊主が出てきて最終的には仏壇とお墓というイメージがかなり強烈にある。それはそれで否定する必要はないと思いますが、新しい「手元供養」という要求を満たすために、新しい形式のお祭りをするということがこれから評価され出すと思います。

・親が死んでお墓に入るのは当たり前なんですけど、もし逆の場合、子供だとか。そういうときはすごく身近に置きたいんじゃないかなと思います。
=納得できない死が増えています。特に交通事故で死んだとか、とんでもない死が、今日あるんですよ。昔は非常に穏やかな自然な死があったけれども、今は遺された者が癒されない死が増えました。そのための癒しの一助になるという願いもあります。葬儀のビジネスというと、なんか人の弱みに付け込んでという部分もあり、それで金儲けという事になるといけないけど、本当に人の心を癒す、昔からアーティストはそういうこと満たしながら生きている側面もあるのではないでしょうか

・メモリアルアートの大野屋が主催者になったんですね。この展覧会は、通常の見せるための展覧会とは違って、マスコミを相手にしていました。雰囲気や進め方もだいぶ違うように感じました。今後、大野屋のフェアで展覧を続けていくんですか?
=銀座での展覧会は残念ながら広報的にはあまり成功したとは思いません。本当はもっと新聞の文化部の記者たちに来てほしかった。どうやってそういう人たちにこの新しい提案を書いてもらえるか、実際にご家族を亡くされた人の感想など生の声を上げてくれれば、メディアに取り上げられるかもしれない。でも、言い方は抵抗があるかもしれませんがこの仕事はビジネスとしては可能性があると思います。リピート受注によって作家にメリットも出るし、誰も嫌だと言わないのではないか。ひとつのプロデュースとしてはレディメイドとオーダーメイドという両方の成果が出てきます。まずレディメイドで各作家の標準形を第一弾として各店に出す。次は、どなたかの先生に特別に自分の思いを伝えて何かをやってほしいと、オーダーメイドでのやり取りになる。そういうことも準備しようという計画になっています。作家がご遺族と直接話をするのは難しいでしょうから、その間にコーディネーターを入れて、話しが伝わるシステムにしようと準備をしています。

・村上さん自身の作品作りは、今おっしゃったような仕事をしながら発想を常に考えていらっしゃるのですか?
=私はどちらかというとコンセプトメーカーですよね。工芸の作り手の私としては透明なホウ珪酸ガラスだけにこだわっている、そこから足を出したことは一度もありません。自分がそれを好きだし、ホウ珪酸ガラス自体の面白さを感じてもいる。ガラスは透明なので、すべてが見えてしまう面白さがある。私の「表裏」という作品には表と裏が無いという意味があります。表と裏が繋がっているというのが透明で見える。私の作品はぱっと見ただけではわからないけれど、哲学的にいろいろなことを話すと結構面白いことがわかるかもしれません。自分の内側で楽しんでいるだけなので形にしてはいけないかも知れませんが会社に迷惑かけているとも思いません、技術を育んで楽しんでいます。使っているのは自分の会社の材料ですしね。ガラスのバイオリンや琴などはアミューズメントとして目立ちますが、私が作っている作品はガラス加工職人の技術の継承です。

・日本ガラス工芸協会(以下、協会)には、発足時から賛助会員の制度がありました。会費を納めていただくことで資金面での援助をしていただいています。ただ最近では、企業が「会費」の名目で出費するのは難しいと聞きます。ハリオはそんななかで賛助会員でいらっしゃる。
=国や企業はこういう団体を守る責任があると思います。協会は日本の伝統的なガラスをアートという部分で束ねているかなり独立性の高い機関です。ですが今は、少し孤立状態のような気がします。なぜ実績のある、日本を代表するガラス作家の集団がもっと擁護されないのか、協会側にも反省すべき点があるかもしれません。日本の企業は言わば、個人作家やデザイナーを看板にしない全体主義的なブランド主義です。ヨーロッパの企業では、むしろ作家の名前を表に出し人気によるプロデュースをする、どちらがよいとは言えませんが現在のかたちです。協会は一種のコンセプト提起集団としての日本のガラスアートはこうあるべきだというのを3年に一度は問題提起して欲しいと思います。協会がそういうコンセプトテーマを企業と一緒に検討する会であるとよいのではないでしょうか。協会は個人的な作家の集団ですが、企業がやろうとしていることを手伝うという意志があれば、企業との関係が良くなるでしょう。例えば、デザインと彫刻との違いに着目して例にすると。デザインは他人のためにサービス業的にやっている制作活動。彫刻は作家個人の自己実現のために自分との対話で作品を作っていくこと。だとすれば企業はどうしてもサービス業的なデザインを求める。作家に企業が求めているコンセプトに応えてもらえると企業と新しい関係ができる。今回は「祈りのかたち」というコンセプトでしたが、企業が発するテーマで作家の方に面白がっていただけると、企業とのコミュニケートが急に深まると思います。

・今回の「祈りのかたち」展は企業と協会が連携した何か新しい方向が見えそうな気がします。次のアイデアはありますか?
=例えば「暮らしを彩る器展」というのが東京ドームで毎年あります、その主催者が望んでいることはもっと客層のレベルを上げること。「村上さん、例えば、ガラス作家展の話なんかをつないでくれないかね」など頼まれます。ですが、作家に対して「作家さんのブース設けるから出てくださいよ」ではだめなんです。ただ観るための入場料をとるのではなく作品を日常の道具としてお客が買い求められるかどうかが問われる。例えば、「今の和食器」というテーマで日本の現代作家がそのテーマの下に作品を出だせるかということです。

・今、アートフェアのようなものも人気がありますね。
=プロデューサーはオリジナリティを求めているんですよ。展覧会は年々パターン化して陳腐化していきます。どんな有名な作家を呼んでも内容が新しくないと次にお客はもう来ない。だから毎回創造による新しさが必要です。東京ドームではお客は30万人も来るから、ステージとしては申し分ないと思う。和光で5000人を相手にするより、東京ドームで30万人を相手にする方がいいのではないか。何かテーマによる作品を出してもらって、人気が出れば毎年お客が来るということになる。そういうことを始められるかもしれない。作家が直接物販に携わるのは大変なら誰かに間に入ってもらって世話してもらうことは考えられる。作家が喜べば協会の目的としてもいい。東京ドームはビジネスとしての側面があるので、それを理解して付き合うとよい回転が始まるでしょう。協会に新しい作家が入ってくるような道しるべになればいいですね。新人を入れるために、メリットとステータスを看板にすれば活性化すると思いますが。

・ありがとうございました。

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