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Feb.13.2010

 会員を知る:シリーズ”私の仕事”

Vol.8 谷道和博さんに聞く・・・2010年1月

1967 都立工芸高校デザイン科卒
1970 各務クリスタル製作所入社
1979 横浜にガラス窯を築窯、作家活動を始める
1983 「個展」、赤坂乾ギャラリー、東京 窯を大田区大森に移築
1986 各務クリスタル退社、以後フリーとして作家活動に専念
1989 千葉県香取郡に工房・窯を新設し、個展活動を展開


 今回はホットワークの分野から、各務クリスタルを経て独立され、宙吹きならではの温かい味わいのある作品を制作している谷道和博さんにお話を伺いました。(聞き手:広沢葉子)

1 谷道さんは何故ガラスを職業に選ばれたのですか?
=都立工芸高校デザイン科を卒業して芸大受験に失敗後、1970年知人の紹介でガラスの仕事は何も分からないまま各務クリスタルに入社。 現場を案内され、企画よりも自分でガラスを吹いてみたいとこの道に入りました。きっかけは偶然だったかもしれません。

2 その頃各務クリスタルにはどういう方がいらっしゃり、どのようなお仕事をされていましたか?
=創業者の各務鉱三さん、満さん、吉田さん江頭さん林亘さん柴崎さんなどのデザイナーやグラヴィールでは青野武市さん松浦さんなどガラス工芸協会創立時のメンバーが揃っていました。また吹きの現場では大卒の船木倭帆さんや伊藤孚さんなどもいました。
 私は職人で工芸を作るチームにいました。一組8人で各務鉱三さんなど企業内作家の工芸品そしてグラヴィールやカットの生地などを作っていました。宙吹きの名人といわれた職人さんの息子がチームの組長にいて作業を見て覚えました。その時、いろいろな仕事をやれて今があると思います。
 ドイツでガラスの会議があって船木さんと一緒に17日間ヨーロッパの旅もしました。自費ですが会社を休んで・・・。その旅で手作りのガラスをいろいろ見ることが出来ました。

3 会社がそんなに長く休みをくれたのですね
=企業に余裕があったいい時代です。その頃、船木さんと伊藤さんが伊藤さんの庭で小さな窯を持って、休日に自分の作品を作っているというのを聞いて何回か見学させてもらいました。

4 その後ご自分で窯を作られ作家活動を始められますね
=伊藤さんが会社を辞め,船木さんも病気になって辞め、自分も独立してやりたいなと思っていました。
 その頃船木さんと青野さんの推薦でガラス工芸協会に入りました。第2回のガラス展に出品するための作品を会社では作れず、その時船木さんが九州民芸村で仕事をしていてそこの社長さんに頼んで作らせてもらいました。
 その後自分で自分の作品を作る手だてとして同じ職場にいた山下達巳くんと二人で、横浜金沢八景の知り合いの陶芸家の庭に小さな窯を作りました。それが初めての窯です。週に一度会社の休日に朝4時に火を入れ3時間ずつ作品を作りました。それこそ竿台もなかったし、さましも窯の真上に作っただけの仕事場でしたが・・・。その後、大田区に窯を移し会社に勤めながら作家活動を続けました。
 大井町の阪急でグループ展をやった時に赤坂の乾ギャラリーのオーナーが見に来てくれその後1983年に最初の個展をしました。まだカガミにいたころで各務鉱三さんも応援してくれました。ギャラリーが手仕事を求めていた時代です。恵まれていました。
 10年くらいで独立を考えていたので時間がある時は関東近郊走り回って長野・山梨・群馬・・・工房を立てる場所を探しました。 そして86年に会社をやめて作家活動に専念、89年ようやく千葉県の香取市に場所を見つけ窯を新設して制作を続けています。

5 窯のことそして仕事のサイクルなどを教えて下さい。
=窯は灯油の窯です。27斤(約18キロ)のジャパン壺と色壺が2つあります。原料は神谷のカレットを使って毎日熔かしています。あとは排熱の徐冷炉とダルマがあります。月に20日間位、年に10回火を入れます。8時から一日8時間くらい吹きの仕事をします。大きいものはたまに家内に手伝ってもらいますが、台付けなどほとんどの作業は一人でやります。一人でできるように作業台はいろいろと工夫しています。
 展覧会は年に5回くらい東京と地方で個展をしています。そのほかにグループ展などです。
展示では毎年器の新作を30種類くらい考えます。そして一品モノを30〜40点作ります。

6 毎年新しいアイテムをそんなに考えるのですね。作品の棚にスケッチと一緒に制作年月のメモがあってその種類の多さにビックリしました。
=お客さんは毎年見てくれるから、新しいアイデア、デザインを常に考えます。
 新しい作品はスケッチしたアイデアがうまくいかなかったり、逆に最初のアイデアよりいいものが出来ることもある。ガラスはそこが面白い。でもたまたま1個いいものができたなんていうのではだめなんです。器類は同じものをいくつも作らなくてはいけない。

7 さすが器のプロですね。谷道さんの作品はとにかくガラスがきれい、ガラスのラインが美しいと思うのですが・・・。
=カガミにいたのでガラスのきれいさは気になります。でもうちのガラスはそれほどとは思わない。熔かす温度などは研究しました。スキミをしたり壺の回りのゴミや竿元には気を使っています。ガラスのラインは宙吹きの特徴である柔らかなフォルムを生かして作っています。何の手仕事でも満足ということはないと思うのだけど、形がないものから作り上げるのだから仕事としては面白いですよね。

8 これからのことをどうお考えですか?
=お客さんの年齢層が高くなっちゃって、若い人にもっと器が好きな人がふえるといいですね。
僕は不器用だから吹きしかできない。根のいる仕事ですが、意欲をもってやりたいです。
ガラスを始めて40年、使う器だけでやってこられたのだからこれからも楽しんで使う器をつくりたい。

ここでの生活は仕事が終わると自然環境がいいのでホッとする。住むにはいいところですよ。星がキレイですし。とおっしゃっていました。インタビューの後も、昔白鳳時代の仏像が好きで見て歩いた話や、最近何回かイタリアに旅行されトスカーナやフィレンツェ、ベニスなどを訪れた話などいろいろ聞かせていただき、なんだか谷道さんの自然や文化に接する心の豊かさにも触れることが出来ました。  各務クリスタル時代自分の作品が作りたくて窯を作った情熱や身に付けた確かな技術、ただ上手いガラスではなくいろいろな積み重ねが作品の味になって出ているのだと感じました。最近日本のガラス展には出品されていませんが、日常に使う食器でもこういう確かな技術の美しい豊かな作品は記録に残し展示するべきだと思っています。  次回は是非出品されてください。ありがとうございました。

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