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Nov.09.2014

 会員を知る:シリーズ”私の仕事”

Vol.16 生田丹代子さんに聞く・・・つくることに魅せられて



今回は今年「第27回京都美術文化賞」を受賞された生田丹代子さんにお話を伺いました。(聞き手:広沢葉子)

 生田さんは薬科大学を卒業されていますが、ガラスを始めたきっかけを教えて下さい。
 =きっかけはステンドグラスを習ったこと。その後1980年に京都国立近代美術館での“現代ガラスの美“展でスタジオグラスの作品を見てガラスの多様性や面白さに感動、自由な表現のガラスを作ろうと思いました。
その頃、倉俣史郎氏が紫外線硬化型接着剤を使ってガラス家具を作られた記事を見て、独学でUV接着剤を使ってレリーフから立体作品を作るようになりました。
工芸ではなく彫刻をめざし、現代美術を扱う京都のギャラリーで初個展、その展示を見られた方の推薦でワコール銀座アートスペースが個展を企画して下さり毎年10年続きました。いろいろな方に作品を見ていただき活動の場が広がっていきました。美術学校に行ってなくてゼロからのスタートでしたが、今まで本当に多くの方々にお世話になり励まされ助けられ皆様に感謝しております。

 作品の制作はどのように進められるのでしょうか? 
 =イメージから石塑粘土で10分の1のモデルを制作、計測、方眼紙に実寸の図面を描きます。
ガラスの下に図面を敷きオイルカッターを使いフリーハンドで板ガラスを切ります。切断したガラスの角やコバを、耐水サンドペーパーなどを使って丁寧に落とし、クリーナーで油分をふき取り乾燥、図面に合わせて1枚1枚紫外線硬化型接着剤を使いUVライトを照射して接着します。その後はみ出した接着剤を削り落としきれいに拭き仕上げます。

 作品のイメージはどこから浮んでくるのでしょう?
 =子供のころから音楽が好きで、学生時代はJAZZバンドでピアノを弾いたことも。初期の作品は音楽や自然の風景から受けた印象をイメージにしました。その後、喜怒哀楽に揺れる心模様を表現しはじめました。
18歳の時母を看取ったのですが、その時感じた死生観が根底にあります。
国立国際美術館の個展の作品制作期間に双胎妊娠、先に大きくなった子宮筋腫、胎児が筋腫からも栄養をうばって成長、筋腫と胎児がお腹の中で宇宙戦争しているみたいに感じました。シングルで子育てして初めて生きることに執着でき、光が今まで以上に大切になりました。ベビーシッターさんや保育園、友人に助けてもらい、制作を続けました。お宮参りや七五三に行けなかったですが元気に育ちました。子育てで活動制約もありましたが、その時だったから作れた作品もありました。いろいろな体験が作品に影響を与えています。

 ギャラリーや美術館の展示以外にも、建築の中にも多くの作品が置かれています。作品の在り方についての想いを教えて下さい。
 =建築図面を見てその場の雰囲気、人の動き、光の状態を読み解きながら、作品のイメージを膨らませていきます。空間に新鮮な“気”を送れるような作品を心がけています。いろいろなテーマや課題に応えることで新しい作品のスタイルができたこともありました。

 海外での展示も数多くされていますが、どのような流れで展覧会をされたのでしょう?
 また外国の作家の方との交流などのお話を聞かせていただけますか?

 =1985年チェコのシンポジウムには資料を送り審査を受け招待してもらえました。制作を始めて数年で世界のトップの作家と制作、展示。その年日本で現代美術展に出品したのですがインスタレーションが主流でまったくスタイルが違って落ち込んでいたのですが、チェコで作品を認めてもらい、自分に自信を持って自分らしい作品を作るよう励まされ作家を続けることができました。憧れのリベンスキー氏にお会いでき、プラハでいろいろ作品を見ることもできました。
同年ドイツでの日本のガラス展に出品、それを見たドイツのコレクターがローザンヌ装飾美術館で個展を企画して下さり作品を美術館に寄贈してくださいました。その作品を見たオランダのギャラリーが個展を開いてくださりそこで作品を買って下さったアメリカのコレクターがアメリカのハバタットギャラリーに紹介して下さり、個展やいろいろなグループ展に出品することができました。
いろんな機会にその時出せる力全力で取り組んできました。作品がいろいろな出会いを運んできてくれます。

 30年以上ガラスに携わり心に残ったこと、これからのご自身の方向性を教えて下さい。
 そして若い作家の方に何かアドバイスがありましたらお願いいたします。

 =ハバタットギャラリーで初めての個展の時、リベンスキー氏の個展と同時開催でリベンスキー氏に再会、2000年のチェコのシンポジウムに4歳の息子たち同伴で参加した時はプラハで素晴らしい個展を見ることができました。大阪万博の時チェコ館に展示されたリベンスキー氏の幅22mの作品が3分割されて日本に残っているそうなのでいつか合体した作品を見てみたいです。


2009年ごろからまた海外出品することが増え2012年シカゴSOFA に行きました。ちょうどスタジオグラス50周年の年で、記念レクチャーもありました。久しぶりのアメリカ、ギャラリーや美術館が作家だけでなくコレクターも育てていること実感しました。コレクターの熱気、日本と別世界でした。 ヨーロッパでは現代美術のコレクターが作品を買って下さっています。先日Webの画像の中にロンドンで売れた作品が現代絵画の前、大きな石のテーブルに置かれている写真を見ました。異文化の中でも存在感があり安心しました。
還暦を過ぎ体力は落ちているのに1点作るごとに前よりきれいに切れるようになっています。
制作に追われ、疲れたら居間のマットに寝ころび、楽になったらまた昼夜関係なく制作する日がもう何年も続いていて、寝具もパジャマもなくなってしまいました。先日初めて人間ドックを受けたらMタンパク血症と言われました。あと30年ほど何事もなく一生を終える人がほとんどだそうですが、100人に1人骨髄腫になるそうです。原因不明なのですが、放射線や薬品の影響もあるそうです。私は親族に癌患者がいないので油断して作品を仕上げるとき素手で薬品を触っていました。もしかしたら影響しているかもしれません。皆様気を付けて下さい。
30年近く前に言われた”自分に自信を持って自分らしい作品を作りなさい”という言葉を迷った時に思い起します。これからも色々作ってみたいものがあります。光を追っていると限りなくイメージが広がっていきます。建築に収める作品もいろいろイメージを考えるのが楽しくてまた挑戦したいです。

<後記>  落ち着いた穏やかな物腰の中に、静かな情熱と意志の強さがあり、作家としての、人としての大切なものを教えていただいた思いです。ありがとうございました。生と死が表裏一体にあることを感じそんな中でも何かを伝えて下さったお母様との時間、阪神淡路大震災の後家族を作ろうと思いご懐妊されたこと、何事にも真摯に向き合っていらっしゃるお姿がとても印象的でした。寝ないで済むならずっと制作をしたいとおっしゃっていましたが、今度上原ひろみさんのピアノを聴きに行くの…ほんとにすごいのよと、お忙しい中でも本物に触れる時間はしっかりと大切に押さえていらっしゃいました。この度の京都美術文化賞受賞本当におめでとうございます。
受賞の挨拶の文章の中での「・・・見た人の心に残った残像、心に残った形が作品だと思っています。・・・見た人の心に残り、輝き続けられる作品を作っていきたいと思っております。」という言葉がとても印象的でした。


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