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Feb.18.2015

 会員を知る:シリーズ”私の仕事”

Vol.17 小牟禮尊人さんに聞く・・・自分の手の中で作る



今回は秋田公立美術大学で教鞭をとられている小牟禮尊人さんにお話を伺いました。(聞き手:海藤博)

 ガラスを始めるきっかけとなったのはどんなことですか?
 =大学は建築を勉強して、照明デザインで就職して。その頃はバブル全盛期でね、夜昼関係なく仕事して、そしてすっかり仕事に疲れてしまって、、、辞めて、カナダに行って漁師をしてたんだ。2年くらいだけど。フィッシングガイドという仕事で、観光客が来てサーモン釣りにボートに乗せて海に出てね。シャチが出たりアザラシが出たりしてね、、、楽しかった。
その頃僕はガラスに全く興味が無かったんだけど、当時ガラスをやっている友人からシアトルのピルチャックグラススクールに行こうと誘われて一緒について行ったんだ。そこで初めてガラスを吹いているところを見た。
人がいっぱいいて若い作家さんがガラスを吹いていた。
「何作ってるの?」と聞くと「花入れ作ってるんだ。」って。「そんなに作ってどうするの?」「売るんだ3000ドルだよ。」「30万か。そんなに高いもの一体誰が買うの?」「お前さんの後ろにいるのはみんなバイヤーだよ。」「!!!!!」彼がダンテマリオーニだったんだ。すごい仕事だなと思った。
建築は”他の人の手”で作るよね、自分は図面引いて。そういうのが空しいなって思った。”自分の手の中”で作っていきたいなと思ってた。小さい頃は自分で物を作ってワクワクしていたのに、気がついたら建築の仕事で図面を引いている自分がいて、これじゃないなぁって思ってカナダに行って、そしてまさに手で作るものに出会ったんだ。
バブルの頃は作ったものは壊されちゃう。商店建築をやってると1年もすればもう古いって言われて内装は壊されちゃう。無くなって存在しない空しさだけが残る。それは「何か違うぞ」と思ってた。シアトルで見たそのガラスは一生、永遠に残り続ける。これが求めていたものだって!思えたんだ。それで勉強し直そうと思って日本に帰って来て、富山ガラス造形研究所に行って学んだ。

卒業後、岩手の一関にある佐原硝子パークに勤めた後、富山の硝子工房のスタッフとして5年働いてから、秋田(公立美術工芸短期大学)に来たんだ。その立ち上げは大変なもので来てみたら工房がすごかった。工房は今の半分くらいの狭さで、配管はぐちゃぐちゃ。グローリーホールは蓋も無くて温度が十分に上がらない。溶解炉は800℃までしか上がらないから、バッチも溶けない。カレットをやっとの思いで溶かしても巻いたガラスが切れない、、、(笑)
大学を動かして設備を整えていくのには、すごく苦労したよ。事務局に相談して、データを持って来て、市役所を動かして。

 すごく良い工房ですよね。
 =静かだし、涼しいし。ようやく今いい工房になったかな、、、、。

 作品制作のテーマについてお聞きしたいのですが。
 =ガラスを始めた頃はベネチアングラスだとか、かっちりした形に興味があったんだけど、今は自然な“水”、“氷”とかね、一つの物質が温度が変わることで様子が変わる。流れ、分子、ガスだったり、、、そういうのが多いかな。ガラスって水と表情が近いからね。

 吹きガラスから始めてキルンの仕事に移行してきて、技法の変化には違和感はなかったのですか?
 =普段一人で大学で教えてるから、、、そういう環境だから、バーナーからカットからキルンから、、、いろいろやらなくちゃならない。「小牟禮さんって、吹きできるの?」とか「キルンやるんだ?」とか言われちゃう。(笑)

 (以前テレビチャンピオンの出演時の制作を見て)本当に様々な手法を駆使していて、アイデアも柔軟な方だなぁという印象を受けました。
 =いろいろなことに興味があるんだよね。これやったらどうなるんだろう。あれを作ってみたらどうだろうって。テレビチャンピオンの場合は、ガラスで作った時にそっくりにはならなくて、一回溶けた物質だからこそ再構築されて完成された物は「本物とは違う面白さがある」ガラスらしい物になる、、、そこがすごく面白い。リアルを追求してもリアルにはならない。ガラスに置き換えた面白い表情になるんだよね。
それは本物じゃないなって諦めないで、本物からちょっとズレた面白さがホットワークならではだと思う。キルンワークは当初の計画そのまんま出来ちゃう。ホットワークはそのあたりが面白いなぁ。

 制作テーマをどのように探してくるんですか?
 =ホットワークは上流から下流に流れるように考える。すごく自然に生まれて来る。「これに空気を入れたらどうなる?」とかね。出てくるものはかっちりした物が多いなぁ。

 それは建築とかデザインとかそういう下地があるからなんでしょうか。
 =そうなんだろうね。もともと考え方がハードなんだろうね。
キルンワークに関しては図面引くよね。光がこう入るとこう反射するから、、、、って考える。正確に出来るんだもん。ホットは図面引いても意味がない。(笑)反対にキルンワークではすごく大切だよね。

 これからテーマにしてみたいものはどんなことですか。
 =フォルムって大切だなと思う。
色とかテクスチャーとかにも惚れるけど、まず大事なのは「形」。ぱっと目に入った時の輪郭線。その美しさって一番大切だと思う。我々いろんなことを吸収して引き出しが増えるとさ、こんな色にして、こうしてこうして、出来ちゃうともっとやってみようって“中に入る”研究しちゃうけど、形の持つ力というのは、それが微妙に違うだけで存在する意味があったり、つまらなかったり、それはほんの紙一重のこと。紙一重の違いでかなりフォルムが変わって見えてしまう。

 今は大学で教鞭を取っていらっしゃいますが、教える仕事の中で思う事はありますか?
 =我々が学生の頃とは違ったよね。我々は「どうして?なぜ?」とものすごく突っ込んで聞いたし、突っ込んでやりたいって思ってたけど。今の学生は授業時間内はちゃんと聞いてるけど、授業が終わると意識からはガラスが無くなっちゃう。もっと突っ込んでやったらいいのにと思うんだけど。

 若い世代に対してのメッセージはありますか?
 =人と話すことってすごく大切だと思います。我々の時は飲んで、、騒いでってあったけど。今は、メールとかは書けるんだけど、人と目を見て話しをする機会が少ない。
リアリティが無い。物を作る世界はリアルだから、空想だけで物を作っちゃうと本物は作れない。話をして目だけの情報じゃなくて、五感を使って反応する。
今、感動することって良くないって思っちゃう人が多い、自分を出すのが難しい時代なのかな。物を作る時は自分を出して作るわけだし、作り出したものは自分の“何か”なわけでしょ。それが人に訴えていく。いかなくちゃいけない。自分を出すのが恥ずかしいなんて思っていたら何も伝わらない。
感動するっていうことは自分の気持ちが動くってことだから、感動する素晴らしさをもっと知ってほしい。

 協会に対して何か要望などありますか?
 =栄光を消さないで欲しい。海外でドーンとビックイベントをしたらいいのになぁ。予算は会員から募って。海外でやれたらいいなぁ、、、って思うよ。海外でやってる人の情報を聞いて共有して。若い人も「俺もやりたい!」ってなるんじゃないかな。
海外でやればいいてもんじゃないけど、日本に根っこはあるんだし、一回は海外で。そうは言っても事務局が無いから事務をやってる人たちの負担も大変なんだよね。理事の人たちは大変だと思うよ。

 小牟禮さんにとって作ることとは、どういうことですか?
 =楽しいからね。自分が「想像していること」が目の前で「質量のあるもの」に変わる。リアルなことに変わる。それってわくわくするよね。エネルギーだし。
やりながら、どんどんエンジンかかるよね。早く見てみたい。
キルンなんかは、光の効果、光の彫刻みたいなものが大好きなんで、どういう彫刻になるか早く見たくて。わくわく感がアドレナリンになって、あっと言う間に。没頭しちゃうよね。俯瞰して見てられないくらい集中して没頭する。作り終わってから後で俯瞰してみると、、、何作ってるんだろうなって思うこともある。(笑)じゃ、なぜそんなに落胆したんだろう。あそこでスジ間違えたんだ。じゃ、次にやってみよう。やろう。ホットワークやった時は夜寝られない。早く窯から出したくて。寝られないんだもん。朝が待ち遠しくて。

<後記> インタビューの間中、ユーモアを交えてとても気さくにお話してくださいました。また、作ることに対しての熱い気持ちがこちらに伝わって来て、とてもいいお話をお伺い出来たと思いました。
どうもありがとうございました。


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